2010年09月22日

北アルプス 薬師岳 2006年

メンバー:CL ZEN、たへ、タッキー、SEROWの4名。
【茨木⇒富山IC⇒有峰口】
 23時にJR待ち合わせでしたが、CLのZENさんが道に迷って少し遅刻。さらに街で道に迷い続け、名神高速道路に入るまで1時間を要し前途に一抹の不安を覚える(笑)。
車内では心理テストなどの話題で盛り上がったが、途中で山岳文学の話題に。ちょうど通過している福井県あわら温泉付近には小説「氷壁」のモデルの一人である芳田美枝子さん(※1)が現在も住んでいる筈なのでそんな話題になりましたが、タッキーさんが図書館で「孤高の人」(※2)を借りようとして、間違えて「恍惚の人」(※3)を借りたという話を聴いて、俺は思わずハンドル操作を誤りそうになったぜ!(なお今回の山行を通してタッキーさんはなかなかの「恍惚」ぶりを発揮したので、一種暗示的である。)
 富山ICで高速を下り、午前5時ころ有峰口ゲートに到着し惰眠を貪る。
【有峰口⇒折立登山口】
 午前6時にゲートが開扉し、ライダー垂涎のワインディングだったが新しいトンネルが掘削さ
れ、以前に比べ大分走りやすくなった様子だ。
 折立登山口に着いて各自身づくろい。たへさんなど過剰ともいえるUV対策の結果、敬虔なイスラム教徒の婦人のような姿で俺は思わずアリフ・ラーム・ミームを唱える。ついでにコーランの第88章第19節には「山はどうだ?山がどのようにして盛り上げられたか考えたことがあるか?」というアラーからの問いかけがあったのを思い出した。眼前の北アルプスはどのように盛り上げられたのだろうと地質学に思いを馳せる。
前日来の晴天の影響か、放射冷却現象で元北海道民の俺も凍えそうな寒さだった。ここは登山客以外にも、オートキャンパーあり、釣り人あり、登攀具を身に着けた沢ヤあり(上の廊下かな?)、多彩な顔ぶれが準備運動している中、共装の分担をして、7:50出発。
【折立登山口⇒あられちゃん⇒五光岩ベンチ】
 前原さんを先頭に出発するとすぐに日本山岳史上最大の遭難事件である愛知大学遭難碑があり合掌して通る。当時朝日新聞のスター記者だった本多勝一さんの遭難ルポを最近読んだので「この山かぁ」と感慨も一入。
 登り始めから暫くは樹林帯の急登。まず第一の目標物である「Dr.スランプのあられちゃん」の看板前で記念撮影。(余談:たへさんは酔っ払うとあられちゃんになりきって「キーン」と叫びながら走り出すクセがあるそうだ。手にはやはりウンチを刺した木の枝を握っているのだろうか…?気になるぜ!)
あられちゃん.jpg
あられちゃん
 そうこうするうちに三角点のあるベンチに到着。薬師岳をはじめ北アルプスの
連峰が屏風のように姿を現し圧巻である。タッキーさんはなにやらしきりにメモを取っている。かたやたへさんは「剱・立山」ではなく「アルプス総図」の壮大すぎて登山道がよくわからん地図を持ってきて見ている。その行動から二人の血液型をズバリ言い当てたが、典型的な例を目の当たりにしてしまった。
 さて、ここからは砂地・玉砂利・木道の複合コースだったが極めて歩きやすい。そして遮る木々もなく視界が広く、また背後を振り向くと陽光にきらめく有峰湖が見え、いかに日常離れした高地にいることかを自覚させられる。
 五光岩ベンチの手前でたへさんが疲れてきたので休憩し、ベンチで再び休憩。ここで何故か各々中国語読みで自己紹介をする4人。傍からみたら絶対に怪しいと思う。じつに変なパーティだ。今回はこまめに休憩を取っているが、ガイドブックにあるコースタイムよりは大分早いペースで順調である。
【太郎平小屋⇒薬師峠テン場】
 五光岩ベンチ
から長く平坦な道を歩き、長い木道を歩きつめると太郎平小屋(太郎兵衛平)にお昼頃到着。小屋名の看板を揮毫する際に間違えて「兵衛」を抜いてしまい、そのままその名が定着したという面白い来歴がある。例の愛知大学の大量遭難のときは本多勝一記者が当時としては画期的なヘリコプター取材を敢行してここに着陸し無人を確認したのが遭難確定の第一報だったとか。
 我々の本日の行程は、ここから20分ほどの距離にある薬師峠テン場なので、時間的余裕がかなりあり、茶を淹れたりして思う存分まったりと過ごす。目の前に白く雪のような花崗岩を露出させた薬師岳の全貌を臨む圧倒的なロケーションで
優雅なランチタイムを過ごした。

お昼寝.jpg
お昼寝
午後2時くらいに満を持して(というか、モッサリと)テン場である薬師峠へ向かう。途中の道程は木道であり、まるで雲上のピクニックコースであった。
薬師峠は鞍部にあり、突風は防げそうだがその分眺望は悪い。ZENさんと俺とでキャンプサイトを決めテント設営し、水場に取水に行ったりして炊事の準備も整うがいかんせんまだ陽が高く、あいかわらずテントの横は談話室状態。
 ZENさんと俺は、例によってバイクの話題に年甲斐もなく熱中し、たへさんから「マニアだ!」と笑われる。(そういうたへさんもZENさんとフフホトの地域ネタで盛り上がっていたことを俺は聞き逃さなかったぜ!)
 さて、そんなこんなで陽も翳ってきたので夕餉のキムチ鍋の準備に取り掛かる。無風だが晴天だったせいか、放射冷却で急速に寒くなり、フリースの上にカッパを羽織らなければ寒くて仕方が無い。夕餉の調理中に鍋奉行のタッキーさんがコッヘルで火傷してしまい心配だったが、たへさんが素早く冷水を掛け、大事に至らずに済み「ホ
ッ」とする。しかし暫く経ってタッキーさんが「(患部が)シワシワになっちゃった〜」と言ったところ、すかさずたへさんが「もとからシワシワやん。」と過激な突っ込みに一同戦慄する。
 それはそうと冷え込んだ夜風の中、キムチ鍋で身体はほっこりと温まりました。(俺は高山病が出やすい体質で、この晩も軽い頭痛と食欲減退で少量しか食べられず惜しいことをした。)
 澄んだ冷涼な空気のせいか、満天の星空はしだいに瞬く星の数を増し、一面宝石箱をひっくりかえしたような無数の天体に見惚れるのであった。俺は運良く流れ星も拝め、当然、願い事をお祈りしまくる。(内容はヒ・ミ・ツ♪)

【薬師峠テン場⇒薬師岳山荘⇒薬師岳山頂】
 早朝4時ころ起床。たへさんは熟睡中にたへさんの「蹴り」を頭部に喰らって悶絶し、怒りの反撃をするなど深夜の暗闘があったらしいが、かたやZENさんはレム睡眠に没入したらしく爽やかな寝覚めで対照的であった。朝食を済まし、余分な荷物はテントにデポし、早朝の仄かな明かりを頼りに出発。いきなり沢沿いの急登で寝覚めが絶好調でθ波溢れるZENさんが快速ペースで登るので追従するのも大変だ。途中薄明かりのなか太郎兵衛平を振り返ると、眼下は一面の雲海であり、まさに天上に居る気分を満喫させてくれる眺めだ。ところどころ高峰の頂が島のように雲上に浮かぶ様子もまるで巨大な水墨画が現出したようで見惚れてしまう。
 稜線に出ると大きなケルンがあり、また湿地帯に木道という尾瀬風の道がはじまり、松ヤニの蒸せかえるような匂いのするハイマツ帯を過ぎるとそこが森林限界なのか花崗
岩の白いモレーン帯が現れた。右手には広大な氷河圏谷(カール)が美しい曲線傾斜を描き、草花が微風に揺れ淡い翡翠色のベルベットのように見える。「花の最盛期だったら、きっとハイジの世界だね!」なんて言っていたら、たへさんが何を思ったか、「ピーター!!!」と絶叫した。ZENさん、タッキーさん、俺の3人は一斉に中年オカマ芸能人が腰をくねらせてやって来る姿を想像し悪寒が走る。(ちなみにハイジ物語に登場するヤギ飼いの少年はドイツ語圏のスイスが舞台なので、正しくはペーターである。)
 このころ立山連峰の狭間からご来光が臨め、右手には槍ヶ岳の特徴的なやや傾いた円錐形がくっきりと姿をあらわす。少し前に槍ヶ岳に登ったタッキーさんは、しきりに「槍〜…槍〜…」と呟いていたのだが、まだ寝ぼけていた俺には狩猟民族の繰り言のように聞こえたのであった。

薬師岳.jpg

 間もなく薬師岳山荘を経て白い地肌を露にした薬師岳への急登にかかる。右手には先ほど感嘆したようなカール地形が畳み掛けるように連続してあらわれ、一方左手は空と雲海だけの単調でありながら雄大な景色だ。ニセピークの直下から左側にトラバースし、ガレ場を登ると薬師岳頂上に到着である。
頂上には祠があり、薬師如来が祀られている。長年の風雪に耐えた古色蒼然たる仏像を想像していたが、意外なほど新しくピカピカである。パンチパーマの頭で左手は中指を立て、右手にドラッグを持っているヒッピー顔負けの姿を拝みサイケデリックな気分になる俺。でも仏像、とりわけ秘仏マニアである俺にとっては、やはり北鎌倉の東慶寺の水月観音(※4)には及ばないなぁと思った。
 ここからの眺望はなんといっても槍と剱の北アルプスを代表する二つの高峰だ。そして一人の爽やか好青年が山頂を立ち去り際に、槍ヶ岳の奥に、微かに富士山が見えることを教えてくれた。八面玲瓏の富士に感動すると同時に、タッキーさんは、この時から「すれ違う男性の爽やか度チェック」を下山するまで続けるのであった。(←否、下山後の今もやっているに違いない!)

槍.jpg

【下山】
 槍・剱そして富士の眺めに満足し山頂を後にする。登っている時とは視線が違って見下ろすせいか、氷河圏谷(カール)の美しさが一層鮮烈だ。そして薬師岳山荘で休憩時には至近距離で逃げるオゴジョを見ることができ貴重な思い出になった。ほどなくして薬師峠テン場につきテントを撤収。
 たおやかで女性的な山である薬師岳の夏山登山は比較的易しいものだが、逆に下山が思いのほかダラダラ坂が長く感じられた。少しお疲れ気味のたへさんを励ましたりしつつ下り、折立登山口にはほぼコースタイム通りの時間で到着。どうでもいいことだがタッキーさんはたへさんのことを「タエちゃん」と呼んだり「サエちゃん」「サヨちゃん」と呼んだりして一定しない。そのうち「恍惚の人」よろしく「もしもし」などと呼びかけるのではないかと密かに期待していた俺であった。残念ながら期待は裏切られたがタッキーさんの恍惚度の高さは俺がAAAランクに保証する。
 少しづつ紅葉しはじめた木々を見て、秋がすぐそこまで来ているなぁと思いつつ北アルプスの山々に別れを告げて、徳光ハイウェイオアシスで松任C.C.Z温泉と夕食にありつき家路へ。ZENさんには、帰着時にも茨木で再度迷っての挙句、新大阪駅まで送っていただき、かえって助かりました。(笑)
 「今度(カーステレオ用に)i-Podを買うつもりです」というZENさんに対し「そんなモンより、ナビを買え〜!」という悲痛な心の叫びが後部座席より伝わってきたのが妙に印象に残っている。それも山頂の風景よりも鮮明にだ。
(※1)芳田美枝子さん…冬期槍穂高縦走中の松濤明の下山が遅いのを心配して上高地〜岳沢〜奥穂とスキー登山で会いに向かったことが小説「氷壁」最終部のモチーフになった。
(※2)孤高の人…新田次郎著。加藤文太郎をモデルにした山岳小説。
(※3)恍惚の人…有吉佐和子著。ボケ老人をテーマにした小説。なお俺は登場人物構成の似ている谷崎潤一郎「風癲老人日記」との併読を熱烈にお薦めする。
(※4) 北鎌倉の東慶寺の水月観音…東慶寺は近年まで男子禁制であった縁切り寺。水月観音は「セーラームーン」に似ているといわれ、一部の男性の篤い信仰心をそそっているらしい。(←!?)いとうせいこう・みうらじゅん「見仏記2」に詳しい。
(文:SEROW)
★★★★★★  ミニ感想   ★★★★★★
☆たへ
久々の北アルプスで不安でしたが、さわやかな秋晴れのお天気に恵まれて気持ちよかったです。夜明け前の澄んだ世界の星空にも感動!登りよろよろ下りへろへろでご迷惑をおかけしました。気さくなメンバーでたくさん笑い、楽しませていただきました。天然ボケ&毒舌の数々失礼しました。。はじめて出会ったおこじょは、思ってたより小さくて細長かったです。うれしかった!
☆タッキー
爽やかな秋晴れの中、2ヶ月前に登頂した槍ヶ岳を眺めながらの山行は、
最高でした♪
夜は、妙シェフの美味し〜いキムチ鍋で暖まり、満天の星空に(さんは流れ星をみたそうです!羨ましい…)テントでこんなに寝れたのは初めて♪というくらい、21:00〜3:00迄、一度も目が覚めることなく熟睡(^_^)v
今回は、オコジョにも出会えたし、行きの車から爆笑の連続で、大満足の山行でした。
みなさん、本当にお疲れ様でした〜(^o^)/
☆ZEN
空気が澄んで御岳まではっきり見える360度の展望、宝石箱をひっくり返したような満天の星空、久しぶりのオコジョとの遭遇と、北アルプスキャンプの素晴らしさを堪能した例会でした。キムチ鍋を頑張ってくれた女性陣にも感謝します。体が温まっておいしかった。今回迷った茨木の地理に関しては、その後バイクで走って確認したので次回は大丈夫。。。と思います。
ラベル:2006年 登山
posted by Zen at 22:54| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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